母乳に腸内細菌?!

母乳に腸内細菌?!

KAMPO LAB薬剤師・薬学博士の鹿島絵里です。現代科学と漢方医学の両方の視点で、健康・美容の情報に迫ります。今回は母乳のお話です。

育児経験のある方もない方も「母乳育児がいい」というのは耳にしたことがあるのではないでしょうか。なんとなくそれはそんな気がする、と本能的には理解していても、粉ミルクによる育児と母乳育児との具体的な違いは何なのか、説明するとなると難しいかもしれません。今回はそんな疑問に、最近明らかになった“腸内細菌“の視点もまじえながら迫ってみたいと思います。

母乳の成分は?

母乳にはタンパク質、ペプチド、脂質、微量栄養素、ヌクレオチド、ホルモン、成長因子、免疫調節剤、生細胞、ヒト乳オリゴ糖と、実にたくさんの種類の栄養が含まれ、乳児にとって多くの疫学的メリットがあることが証明されています。言わば乳児栄養の最適・至上のものです。

人工乳の代表格である粉ミルクにも赤ちゃんの成長を支える栄養が沢山含まれますが、母乳の複雑かつ秀逸なブレンドを再現することは簡単ではありません。さらに、2016年頃から母乳中に含まれる微生物の存在が徐々に明らかにされ、現在ではこの微生物もまたヒトの母乳の重要かつ生物学的に活性な成分であると考えられています。

エネルギー源だけじゃない母乳の役割

世界保健機関は、生後6ヶ月間は乳児の成長に必要なすべての栄養素を摂取できるとして、乳児には母乳育児を、2歳までは母乳育児と食物栄養補給を推奨しています。

出産後数日の間だけ分泌される母乳は初乳と呼ばれ、タンパク質が多く含まれるのが特徴です。母乳タンパク質は、抗菌・免疫賦活系と栄養系の2つに大別されます。栄養グループに属するタンパク質は、新生児の腸内でビタミンや微量栄養素の吸収を助け、発育中の乳児のアミノ酸の供給源となります。一方、抗菌・免疫賦活系のグループは、抗体やその他の抗菌剤などで、新生児を保護する役割を担います。
このような成分は人工的に作り出すことが大変難しく、母乳育児が推奨される大きな理由の一つです。

人工的に作ることが難しい母乳中の栄養素は他にもあります。
先に軽く触れましたが、赤ちゃんの消化酵素では分解できないヒト乳オリゴ糖、そして母親の腸管由来と見られる微生物もまた、人工的に再現することの困難な母乳中の成分です。

さて、赤ちゃんが直接の栄養として使うものではないではないこれらの成分には、いったいどんな役割があるのでしょうか。

ヒト乳オリゴ糖(HMO)

母乳中には多くのヒト乳オリゴ糖(HMO)が存在し、そのバリエーションは200個以上にものぼります。これらひとつひとつを人工的に作り出して絶妙なバランスでブレンドすることは、かなり骨が折れそうですね。

さて、このHMOは乳児の消化酵素で分解されないため、小腸の奥のほうや大腸に到達することがあります。HMOには病原性細菌の増殖を阻害する役割があることや、メジャーな腸内細菌であるビフィズス菌とバクテロイデス菌によって代謝される性質があることが分かっています。

ビフィズス菌とバクテロイデス菌は、HMOを代謝し、エネルギー源として利用します。母乳で育った乳児は、粉ミルクで育った乳児と比較して、生後数週間でビフィズス菌およびバクテロイデス菌などの偏性嫌気性菌の存在量が増加することも研究で示されています。

ビフィズス菌によってHMOが消化されると、副産物として短鎖脂肪酸が作られます。短鎖脂肪酸は腸内環境を整えたり体内に吸収されて免疫の調節を行うなどの作用があり、まだまだカラダの発達が未熟な乳児にとって特に有益であると言えます。

成人の腸では食事から得た食物繊維を原料に短鎖脂肪酸が作られますが、乳児には食物繊維を消化する能力はまだなく、マイクロバイオーム自体も不足しています。HMOが乳児の腸に供給されることは、こうした問題に対応できるとてもよくできた仕組みです。

母乳中の“腸内”細菌

かつて健康な母親の母乳に含まれる細菌は、母親の皮膚からの汚染物質であると考えられていました。しかしヒトの母乳と母親の皮膚を詳細に調べたところ、ヒトの母乳で確認されたビフィズス菌や乳酸菌は、母親の乳輪皮膚には存在しないことが判明しました。なんと母体の腸内細菌には母乳に移行するための特別なルートがあったのです。

専門的な説明になりますが、まず母体由来の樹状細胞が腸管上皮を通過し、腸管内腔から非病原性の細菌を結合します。このとき樹状細胞は、上皮細胞間のタイトジャンクションを開き、樹状突起を腸管内腔に伸ばし、タイトジャンクションタンパク質を産生することで上皮バリアの完全性を維持しながら細菌を収集できます。いったん樹状細胞と結合した細菌は、粘膜関連リンパ系内でリンパ球の交換を行いながら、腸から呼吸器、泌尿生殖器、唾液腺、涙腺、乳腺など他の粘膜部位に移動します。

まだいくつかの疑問は残るものの、こうした機構が十分に成り立つことは実験的に証明されており、乳腺を介して届けられる母乳も母親と乳児のマイクロバイオームを繋ぐ重要な要素のひとつであると考えられるようになりました。

母乳マイクロバイオームの役割

母親のお腹を出てすぐに初めての肺呼吸をするように、赤ちゃんは生きるためにしなければならないことがたくさんあります。腸をはじめとする身体のさまざまな部位に、適切なマイクロバイオームを形成させることもそのひとつです。

新生児にとっての細菌の供給源といえば、皮膚接触、出産時の膣分泌物や糞便への曝露が主なものと考えられていましたが、ここに母乳も加わったことになります。

実際、乳児が母乳マイクロバイオームを受け取ることは、乳児の胃腸マイクロバイオーム、気道マイクロバイオーム、免疫系、およびその他の健康状態の発達に影響を及ぼす可能性が指摘されています。

特にヒトの母乳は新生児の免疫系の教育に貢献し、最終的に新生児が病原体と常在菌を区別することを可能にすると言われています。

一方で、母乳栄養の停止も免疫発達に効果がある可能性も指摘されており、適切な時期での離乳もまた重要なようです。

詳細はこれから

産後期間の長さによる母乳マイクロバイオーム変化はデータが少なくまだよくわかっていません。母乳タンパク質は初乳とその後で大きく内容が変化しますが、マイクロバイオームのこうした情報はこれから整理されていくはずです。

現時点では「母乳育児は、アレルギー、喘息、肥満の発生率を低下させる」ことがわかっており、そのための重要な母乳成分としてヒト乳オリゴ糖母乳マイクロバイオームの存在があると考えられます。詳しいメカニズムの解明はこれからですが、少なくともこうした事実を知らずにせっかくの母乳育児の機会を損失してしまうことは避けたいものです。

とはいえ、母乳育児の大切さを十分に理解しながらも、どうしてもそれがかなわない方も世の中には大勢いらっしゃいます。赤ちゃんのマイクロバイオーム形成は母乳だけが唯一のものではありません。スキンシップや毎日の食事もまたマイクロバイオームを育む重要かつ大きな要素です。また、困難ではありながらも、ヒト乳オリゴ糖(HMO)を作るための技術開発も精力的に行われています。母乳をあげるお母さんはもちろん、育児に関わる全ての人にマイクロバイオームの知識を持って欲しいと思います。

今後さらに明らかになっていくであろう母乳の果たす役割に注目です!

【参考文献】
Human breast milk: A review on its composition and bioactivity. Andreas NJ, Kampmann B, Mehring Le-Doare K.Early Hum Dev. 2015 Nov;91(11):629-35.
Influence of Maternal Milk on the Neonatal Intestinal Microbiome. Gopalakrishna KP, Hand TW. Nutrients. 2020 Mar 20;12(3):823.
Maternal and Perinatal Factors Associated with the Human Milk Microbiome. Demmelmair H, Jiménez E, Collado MC, Salminen S, McGuire MK. Curr Dev Nutr. 2020 Mar 9;4(4):nzaa027.

この記事を書いた人

鹿島絵里

株式会社kampo lab菌と生薬の研究家
薬剤師・博士(薬学)
東北大学薬学部を卒業、同大学にて博士(薬学)取得。 研究室で遺伝子と老化の研究をしながら、日々の体調とのリンクが気になり未病を重要視する漢方を学ぶように。 薬日本堂、北里大学東洋医学総合研究所を経て、2020年より漢方薬店kampo’sに所属。 研究リテラシーを生かしながら伝統医療の良さを現代に合わせて発信している。

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