KAMPO LAB薬剤師・薬学博士の鹿島絵里です。現代科学と漢方医学の両方の視点で、健康・美容の情報に迫ります。
昨今、「グルテンフリー」という表示をよく目にするようになりました。
小麦に含まれるグルテンが様々な自己免疫疾患の引き金になるということから、グルテンフリーの食品や食事方法が健康法のひとつとして広く受け入れられるようになってきました。
グルテンを含む食品を摂取しないで症状や体質の改善を図るというスタイルを最初に世に広めたのはプロテニスプレイヤーのノバク・ジョコビッチ選手と言われています。ジョコビッチ選手は自身の著書の中で「自分はグルテン不耐症である」と述べています。彼はグルテン不耐症のおかげで体が重い、疲れやすい、気弱になるなどの症状に悩む人が多いであろうこと、そしてその原因を日常の生活からくる単なる疲れだと解釈してしまっていることを指摘します。ではグルテン不耐症とはいったい何なのでしょうか。
より深刻なものにセリアック病(SD)がありますが、セリアック病は、遺伝的素因を持つ人がグルテンに対する免疫反応を起こす自己免疫疾患で、成人・小児を問わず見られる疾患です。SDのほかには、小児科領域で特に起こりやすい小麦アレルギーも、小麦関連自己免疫疾患としてよく知られ、研究されています。そして近年、SDでも小麦アレルギーでもない小麦関連自己免疫疾患である、非セリアック性グルテン過敏症(NCGS : Non-Celiac Gluten Sensitivity)(または非セリアック性小麦過敏症、NCWS)が注目されています。SDではなくともグルテン過敏症の人は数人に一人の高い割合で存在すると考えられています。
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グルテンとは
グルテンは、穀物(小麦、ライ麦、大麦、オート麦)に含まれる貯蔵タンパク質の一群です。ライ麦のセカリン、大麦のハーデン、オート麦のアベンヌなどなど、グルテンの種類は数百にも及びますが、ふつう「グルテンフリー」と言った場合の「グルテン」は小麦のグリアジンとグルテニンが水を吸収して網目状につながったものを指すことがほとんどです。
グルテンは熱に安定で、結合剤や伸展剤として働く能力があり、食感、保湿性、風味をコントロールしてパンや焼き菓子などの生地の品質を決定します。こんな便利な性質がある一方で、人の健康にも多大な影響を与えることがわかり問題視されています。
グルテンタンパク質は、消化管内のタンパク質分解酵素に対して抵抗性があります。つまり、消化されづらいということです。タンパク質が栄養としてヒトの体に吸収されるためには、アミノ酸にまで分解される必要があります。未消化ということは栄養として吸収されないということになりますが、ここで話題にしているグルテンの問題は栄養の吸収の悪さではありません。人によってはこのグルテン由来の未消化のペプチド(ペプチドはアミノ酸がつながったもの。タンパク質の分解過程でも生じます)が上皮バリアを通過して免疫系を活性化し、アレルギー反応、または自己免疫反応を引き起こすことがあるという点です。グルテンの不完全な消化は、腸に大きな変化をもたらし、さらに腸外にまで困った症状を引き起こすのです。
セリアック病(SD)
いわゆる小麦アレルギーとSDは何が違うのでしょうか。
小麦アレルギーは小麦(グルテンに限らない)の摂取により誘発される古典的な食物アレルギーで、I 型および IV 型の過敏症を引き起こします。
一方でSDは、遺伝的素因を持つ人が、グルテンに対する免疫反応を起こす自己免疫疾患で、特異的血清抗体の存在によって特徴付けられます。この疾患は主に小腸を侵すにもかかわらず、その臨床症状は幅広く、腸と腸外の両方の症状を示します。主な臨床症状は、下痢、腹部膨満、腹痛などの腸管症状と、貧血、疱疹状皮膚炎、骨減少症、末梢神経障害などの腸管外症状です。
腸管症状:下痢、腹部膨満、腹痛など
腸管外症状:貧血、疱疹状皮膚炎、骨減少症、末梢神経障害など
SD患者は特定の感受性遺伝子(HLA-DQ2、HLA-DQ8)を持っていますが、それだけではSDは引き起こされません。環境因子であるグルテンの関与が必要です。
グルテンは胃に運ばれるとペプシンによって加水分解され、高分子量のペプチドになりますが、胃から小腸に入ったペプチドは、プロリンというアミノ酸を豊富に含んでいるため、容易に分解されません。胃、膵、腸の各器官から分泌されるタンパク質分解酵素ではプロリンを十分に分解できないのです。そのため、グルテン由来のペプチドは腸内に長くとどまり、免疫反応を引き起こす可能性が高くなるというわけです。
非セリアック性グルテン過敏症NCGS(非セリアック性小麦過敏NCWS)
では、小麦アレルギーでもセリアック病でもなければ小麦に警戒する必要はないのでしょうか。そうでないことは冒頭でも少し触れました。最近注目されている非セリアック性グルテン過敏症NCGS(グルテンに限定しない小麦成分への感作という意味で非セリアック性小麦過敏症NCWSという呼び方のほうが適切との意見もあります)の有病率は、一般人口の0.6%から13%であると見積もられています。小児での小麦アレルギーが0.4~9%、セリアック病は1.1%~1.7%と推定されているのに対して、非セリアック性グルテン過敏症の有病率は高いように見えます。もっとも定義づけに十分な診断マーカーがまだ見つかっていない中、自己申告なども含めて割り出された有病率ですので鵜呑みにはできませんが、女性、40代、都市部出身者でより多く報告されていることは興味深い事実です。
NCGSの腸の症状では、腹部膨満感、腹部不快感、腹痛、下痢および鼓腸などがあります。腸外症状の一般的なものは、疲労感、頭痛、不安感でした。
腸外症状:疲労感、頭痛、不安感など
NCGSと機能性胃腸疾患(主に過敏性腸症候群(IBS))との鑑別は、上記の症状のいくつかがIBSの症状と重複するため難しいとされています。
グルテンフリー食はSDの方の臨床症状を大幅に改善することができますが、これが解決にならない小麦関連自己免疫疾患もあります。上述したようにヒトの消化酵素はプロリンを消化することが難しいわけですが、プロリンが豊富なグルテンの成分、グリアジンを避ければ、極論としては解決が図れそうなものです。しかし、実際にはグルテン以外の小麦中の成分にも注意の必要なものが見つかっています。たとえば、小麦に含まれるアルブミンタンパク質のアミラーゼトリプシンインヒビターも、自然免疫細胞の活性化および腸の炎症を誘発する可能性が指摘されています。
小麦感作とFODMAP
小麦中の注意が必要な成分のひとつにFODMAPがあります。FODMAPは「発酵性オリゴ糖、ジ糖、モノ糖、ポリオール類」の意味で、分子内に10個以下の炭素原子を持つ短鎖の糖類です。
FODMAPは、消化管で消化・吸収されず、強い浸透圧効果を持ち、腸内で急速に発酵するため、腸内の水はけが悪くなったり、ガスの過剰発生、膨満感、痛みなどを引き起こします。炎症性腸疾患やIBSの影響を受けやすい患者では、症状を引き起こしたり悪化させたりすることがあり、多くの研究において、潰瘍性大腸炎、クローン病、IBSを患う患者が、食事から短鎖糖を除去することで改善することを確認しています。
小麦はグルテンの豊富な供給源であるばかりでなく、FODMAPも大量に含んでいます。FODMAPが種々の腸疾患の刺激になることを考えると、FODMAPの少ない食事がNCGS患者にとって有効なのは頷けますし、実際に有益性を示唆する研究もあります。
しかしここで気を付けたいのは、低FODMAPの食事は健康な人にとってはメリットがないだけでなく、その健康を維持することさえ妨げてしまいかねないことです。適切な腸内環境であれば本来、発酵性の食品はプラスに働きかけるものです。
グルテンフリーダイエット、いつまでやればいい?
さて、グルテンが不調の原因ではないかもしれない、でも体の重さ、疲れやすさ、気弱になるなど自分の不調のパターンがグルテンや小麦関連の疾患と関係がありそうな気もする、そんなとき、どの程度厳格にグルテンフリー食を実行すべきなのでしょうか?普段から原因不明のだるさ、疲労感や頭痛、不安感などに心当たりがあるのなら、毎日何気なく摂っている小麦を減らしてみたいと思うのではないでしょうか。
イギリスのセリアック病のガイドラインでは、グルテンを含む製品を完全に避け、交差汚染に注意しながら、グルテンフリー食を厳格に行うべきであるとされています。ですが、実際にグルテンの混入を完全に避けることは至難の業と言わざるを得ません。ソーセージ、スープ、醤油、アイスクリームなど、意外な食品にもグルテンは含まれているのです。さらに、グルテンフリーと表示された製品にも、微量のグルテンが含まれていることがあります。これは、同じ場所で加工・保管されているグルテン含有製品による二次汚染が主な原因です。このように、「グルテンフリー」という言葉は、一般的に無害と思われるグルテンの量を指しており、グルテンを全く含まないことを意味するものではありません。欧州委員会の現行のガイドラインでは、市販の製品は、グルテンの含有量が20ppm(20mg/kg)未満であれば「グルテンフリー」と呼ぶことができるとされています。
こうした背景を踏まえながら、1日のグルテン摂取量の安全な閾値を設定しようとする研究がいくつか行われました。その結果、グルテン摂取の決定的な閾値は一つではありませんが(研究によって設定した条件のばらつきや結果の解釈に幅があるため)、1日10mg未満の摂取では粘膜異常が起こりにくいことがわかりました。もちろん日本とヨーロッパ諸国では事情が異なり、食品製造過程でのクロスコンタミネーションはより少ないと考えられます。
また日本は小麦ではなく米が主食の文化圏ですから、グルテンフリー食、さらには小麦フリー食も欧米諸国よりは実践しやすいかもしれません。プロテニスプレーヤーのノバク・ジョコビッチ選手は2週間のグルテンフリー生活で体調の変化を感じると述べていて、紹介した研究では三か月間(90日間)をひとつの期間として体調の変化を追っています。グルテンフリー食による体質改善や気になる症状の改善を検討されている方は、参考にされてみてはいかがでしょうか。
参考文献
Gastrointestinal microbiome and gluten in celiac disease.Wu X, Qian L, Liu K, Wu J, Shan Z. Ann Med. 2021 Dec;53(1):1797-1805.
Non-Celiac Gluten Sensitivity: A Review. Roszkowska A, Pawlicka M, Mroczek A, Bałabuszek K, Nieradko-Iwanicka B. Medicina (Kaunas). 2019 May 28;55(6):222.
Gluten-Free Diet in Celiac Disease-Forever and for All? Itzlinger A, Branchi F, Elli L, Schumann M. Nutrients. 2018 Nov 18;10(11):1796.
『ジョコビッチの生まれ変わる食事』 ノバク・ジョコビッチ (著), タカ大丸 (翻訳) 三五館