漢方の基礎【五行説】

【五行説】
 

五行説とは?

・五行説の始まりと展開

五行説は陰陽説とともに「陰陽五行説いんようごぎょうせつ」として論じられることが多いですが
もとはそれぞれ独立した哲学思想です。

陰陽説が森羅万象を陰と陽の相対する二つの性質に分けたのに対して
五行説は木火土金水の五大要素に分類する考え方です。

五行説が中国医学に取り入れられたのがいつかははっきりとしませんが
現代に伝わる『黄帝内経こうていだいけい』にはその思想が見えます。

『黄帝内経』は今から約2000年前に生理編纂された医学総合理論書で
原書の成立はそれより早かったと考えられます。

一説では紀元前200年ころには五行説の医学での姿が文字になってまとめられていたと推測されています。

11世紀には医学古典の再編纂が大規模に行われましたが
それ以降ますます医学における五行説は深められてより複雑になっていきました。

・五行説は迷信?

もちろん五行説が盛んに議論されたのは現代のように科学が発達した時代ではありません。
ですから五行説に対して現代人が「行き過ぎた解釈」という印象を受けたり
迷信めいていてそもそも受け入れがたい」と感じてしまうのは仕方のないことです。

しかし顕微鏡もない時代に人の体をのぞこうとして、目に見えない生理的な現象さえも自然というフラクタルな大摂理に反映して理解しようとしたかつての人々の観察眼には驚かされることもしばしばです。

数年前は「気のせい」として病院では相手にしてもらえなかったつらい症状に、やっと研究のメスが入り
最近になって疾患と認められるようになっている事例は現代でもままあります。

しかしそれらは漢方では当たり前に治療法が確立されている症状であることも少なくありません。

五行説が科学的でないと切り捨てる前に、科学がまだ追いついていない世界だと見れば
それはとても魅力的ではないでしょうか。

二千年以上の歴史に裏打ちされた漢方には単に「迷信めいている」という理由だけでは太刀打ちできない実用性があります。

現代においていまだ見過ごされている説明のついていない生理や病理も、五行説を知ることで治療の道筋や取るべき養生方が見えてくることもあるでしょう。

 

五行で見る人の体

・五行の由来は方角

方角、季節、色彩、人を含む自然、宇宙、音階など森羅万象を
木、火、土、金、水の五つの要素に分類して認識する考え方です。

本来は土を中心とする四方位に由来しますが
のちに対等化されてそれぞれの相互関係が五角形で示されるようになります。

この五角形に見られる相互関係は五要素の力関係を表しています。

人の体に五行の力関係を見るとき、相生そうせい相剋そうこくのバランスがとれていると健康といえます。

・木火土金水と肝心脾肺腎

まずは木火土金水のそれぞれの性質と
帰属する五臓(肝心脾肺腎)の機能とを見ていきましょう。

【木と肝】

《木》
性質:生長、発展、曲直、条達など(条達とは四方に伸びていくことです)

樹木のように曲がったり伸びたりして、外へ上へと気持ちよくのびのびと広がっていくイメージです。
植物が生い茂ったり、人や動物が生まれ育つこと、物事が生まれ広がっていくことなど
樹木に限定せずに色々なものや事象へも用いられます。

《肝》
・木に帰属
・働き:気を巡らせ、精神を安定させ、消化を助けることです。
・表現「肝は疏泄そせつを主る」

気血水(津液)が全身に巡る様子を、のびのびと外に向かって生長する春や樹木の性質と重ねています。
気にはそもそも血水(津液)を動かす力がありますから
これら全てをひっくるめて疏泄そせつ作用と呼んでいるわけですね。

 

【火と心】

《火》
性質:温熱、上昇、炎上など

炎のように熱や光を発して上方へ向かって高く上がったり立ち昇ったりするイメージです。
これによって上昇する、流動するなどの動きを起こすことができます。

《心》
・火に帰属

・働き:気血を全身へ送り出す
・五臓の中でも最も陽の勢いが強い
・表現「心は血脈を主る」

パワフルに血を巡らせながら体を温める様子はまさに火の性質です。

 

【土と脾】

《土》
性質:受納、変化、養育など

種まきから収穫まで寄り添いたすけるイメージ。
受け取ってそこからまた作り出し、豊かにしていきます。
全てのものが土に還り元の姿かたちはやがてなくなっていきますが、土が豊かになってそこからまた新しいものが生まれるというサイクルを担います。
私たちの体は食べたものからエネルギーを取り出して成長、回復に使って、また活動への糧としています。

《脾》
・土に帰属
・働き:消化吸収
・表現「脾は運化を主る」

脾が弱っていると、どんなにいい食事をとっても栄養に変えることはできません
畑をきちんと耕し手入れしていい作物を得るように
脾もいい状態にあることで食事から十分な栄養を得ることができます。
ちなみに五臓の脾は、血球やリンパ球の代謝に関わる解剖学的な脾臓とは別物です。

 

【金と肺】

《金》
性質:清潔、変革、収斂など(収斂とは縮むこと)

五行の金は黄金色のいわゆるゴールドという意味ではなく、金属としての性質。
温かみよりはひんやりとした清涼感があり、ひっそり静かです。
固く重く閉じて厳かで、望ましくないものを取り除きます。

《肺》
・金に帰属
・働き:呼吸により気と水(津液)を巡らせる、毛穴を開閉させる
・表現「肺は気を主る」

呼吸によって気と水(津液)を巡らせますが
この時に不要なものを外界からは入れないようにバリアをはったり、また体内にあればそれを外へ出すフィルタとして働きます。
毛穴を開閉させることも肺の役割です。清潔や収斂の性質ですね。

 

【水と腎】

《水》
性質:寒冷、下向、滋潤など

清らかな水のイメージで、下に向かって流れ、潤し、そして冷たい性質があります。

《腎》
・水に帰属

・働き:水分代謝

・表現「腎は水を主る」

腎は体の最も深く低いところで水(津液)を受け止める水分代謝の要です。
また受け止めた水(津液)を巡らせるために腎は熱を蓄えもします。
腎の性質が水の寒冷一色でないところなどは
臨床で五行を扱う上で柔軟に解釈したい部分です。

 

・五臓だけじゃない体の五行関係

五行(木火土金水)に五臓(肝心脾肺腎)が帰属されるように
さらに五臓の補佐役として胆、小腸、胃、大腸、膀胱、三焦の六腑があり
やはり木火土金水に帰属します(三焦のみ五臓のどれとも対をなさない)

他にも五官、五体、五支、五志、五味、五液、五悪などがあり
それぞれ五臓と関係の深いものとして系統立てて臨床に用いられます。

 

五行のバランスとアンバランス

・バランスのとれた相生と相剋

五行が配置された五角形の図にはそれぞれの力関係が示されています。


時計回りに五角形であらわされる赤い実線矢印は
相生関係といって要素と要素の母子関係を示します。
母から子が生まれる、母が子を成長させる関係です。

相生そうせい
木は燃えて火を生み
火が燃えたあとの灰は土になり
土中には金属が生じ
金属は冷えて大気から水を取り出し
水はまた木を生じさせる

という巡りになります。

同様に破線矢印で示される5つの角を持つ星マークは
相剋の関係で、一方が他方を制御する力関係を示します。

相剋そうこく
木は土の栄養を吸収し
土は水をせき止め
水は火を消し
火は金を溶かし
金は斧として木を切る

生み出すことと同様に、制御する強弱関係もまた健全なバランスには必要です。
相生・相剋の力関係は五臓にも当てはまり、これが崩れることが不調や疾病として現れます。

 

・アンバランスの相乗と相侮

相生そうせい相剋そうこくがバランスの取れた関係であるのに対して
相乗そうじょうと相悔そうぶ
アンバランスすなわち望ましくない関係です。
特に破線矢印の星マークの力関係の乱れを表します。

相乗そうじょうは相剋そうこく関係の過剰な状態です。

本来「木剋土」つまり強い木が弱い土を制御しているのがいい状態ですが
木の力が強すぎて土を剋しすぎてしまって土の本来の働きが失われるのは「木乗土」となり異常です。

土の力がもともと弱ければふとしたきっかけで「木乗土」になりやすいです。

例えば…
異常なストレスの後に感情の抑うつや怒りによって肝の疏泄機能が失調します。
これが高じると肝気が脾を攻撃してお腹が張ったり痛んだりします。
もともと胃腸(脾)が弱い人が少しのストレスで症状を悪化させることも木乗土の例です。

相悔そうぶは相剋そうこく逆転状態です。
木の力が強すぎて木を剋す金を逆に剋してしまう「木悔金」では、ストレスが肺症状の引き金になることを示しています。

「木火刑金」や「肝火犯肺」と臨床では表現されます。

母たる要素が健全でないことには子の要素もやがて不調をきたし、
また母たる要素がしっかりしていれば子の要素も健全でいられると臨床では解釈されます。

 

フラクタルと取類比象

シダの葉っぱや野菜のロマネスコ、リアス式海岸など自然界には数多くのフラクタルが存在しますが、
こうした相似の関係を中国医学では物理的・化学的性質にも見出して抽象化し、五行に帰属させました。

・花は植物の上部にできるので頭部疾患に有効
・動物の肉は対応する人の部位の病気に有効

という「取類比象(しゅるいひしょう)」という考え方は
中国医学の象徴的なものの一つです。

姿かたちだけでそこに薬効まで結びつけてしまうのはちょっと強引に感じるでしょうか。

現代になって「特別な相関は見られない」とジャッジされるものもありますし
逆に科学の進歩で「大いに的を得た関係」と評価されるものもあります。
漢方の思想が嘘か誠かに執着するより、知識を深めるのに役立ててもらえたら嬉しいです。

この記事を書いた人

鹿島絵里

株式会社kampo lab菌と生薬の研究家
薬剤師・博士(薬学)
東北大学薬学部を卒業、同大学にて博士(薬学)取得。
研究室で遺伝子と老化の研究をしながら、日々の体調とのリンクが気になり未病を重要視する漢方を学ぶように。
薬日本堂、北里大学東洋医学総合研究所を経て、2020年より漢方薬店kampo’sに所属。
研究リテラシーを生かしながら伝統医療の良さを現代に合わせて発信している。

食良品店FOOD LAB

漢方メディアは株式会社kampo labが運営する、薬剤師や専門家による最新のセルフケア・漢方・薬膳情報サイトです。

同社が運営するFOOD LABは築地にあり、1階が無添加食品のセレクトショップ、2階は薬膳鍋(飲食店)と、食を健康的に楽しめるような店舗です。

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