【陰陽説】
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陰陽説とは?漢方との関係視
陰陽説の始まり
もとはそれぞれ独立した哲学思想です。
漢方では病人の状態を表すのに陰陽という言葉を使ってきました。
陰陽の概念が発生した正確な時期は定かではありませんが
人体やその生理を理解するのにも陰陽の思想は古くから用いられていました。
陰陽説と人の体
中国の戦国時代末期の著述とされる『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』には
人のいのちは陰陽の合することによって生じ、死は陰陽の分離であり
病は陰陽の不調和によって起こると述べられています。
また、漢方の三大古典のひとつに数えられる『黄帝内経(こうていだいけい)』では
陰陽説と五行説を融合させた陰陽五行説によって、病因、病理を説明しています。
同じく三大古典のひとつ『張仲景方(傷寒雑病論しょうかんざつびょうろん)』では病証を
三陽(太陽、少陽、陽明)
三陰(太陰、少陰、厥陰)
の六期にわけて記載しています。
陰陽説は中国文化を方向付けた根源的なものであり
漢方を学び論じるうえでも重要です。
一方で陰陽の解釈が人によって異なる場合も珍しくはなく殊に臨床に用いる場合は理論に走り過ぎない姿勢も大切にしたいところです。
それを踏まえて陰陽の基本的な理論を以下に解説します。
陰の性質、陽の性質
陰陽とはたとえばこんなもの
陰陽説は世の中全ての物質および現象を、相対する二性質、すなわち陰と陽にわけて認識しようとするもので
こうした対立関係は枚挙にいとまがありません。
「陰-陽」の例をいくつか挙げるなら
女-男
夜ー昼
冬ー夏
地ー天
寒ー熱
裏ー表
静的ー動的
慢性ー急性
などがあります。
いずれも感覚的に理解できるのではないでしょうか。
陰陽は手のひらを返す?
注意点があるとするなら、これら陰陽の関係は相対的なもので
絶対的な陰も絶対的な陽も存在しないこと。
ひとつの事象には必ず陰と陽の両方の要素が含まれており
よりどちらかに偏っていることで陰または陽とみなされます。
こうした陰と陽の関係には、5つの性質があります。
対立する二者はどちらか一方がなければもう一方も成り立たない、相互に依存した間柄であること。
例)
裏がなければ表がない(裏があるから表がある)
右がなければ左がない(右があるから左がある)
など陰陽統一ともいいます。
対立する二者は互いの活動や成立を抑制しあう関係であること。
例)
熱いものと冷たいものを合わせれば
それぞれの熱い、冷たい性質は弱められます。からからに空気の乾燥した部屋にびしょびしょの服を干せば
部屋の空気は湿って服は乾くのも制約の例です。
消長とは旺盛になったり逆に減衰したりするという意味で
陰陽のバランスはリズミカルに変化し
それが止まることがないことを表します。一方が増えれば他方は減り、巨視的にとらえればそれらは平衡を保っています。
例)
昼が長くなれば夜は短くなり、逆に夜が長くなれば昼は短くなる。
また
夏至、冬至はそれぞれ陽の気、陰の気の量的ピークで
そのバランスは春分、秋分に平衡となり、その前後で逆転します。一年間の中に陰と陽は等しく存在するものの
常にそのバランスは変化していて一定ではありません。
陰が極まれば陽となり陽が極まれば陰となる、と示される通り
ある程度まで量的に盛んになった陰は陽に、また陽は陰に変化することです。陰陽の質的な変化です。
例)
活発に動き続ければやがて疲れて眠くなり
充分な休息が取れるとまた活動的になることも陰陽の転化と言えます。
陰の中にも陽があり、陽の中にも陰がある、と表現されます。
例)
背と腹では四つん這いになったときに太陽のあたらない腹は陰となりますが
皮膚と内臓では外側の皮膚すなわち腹は陽となります。陰と分類される腹にも視点を変えれば陽の側面があります。
さらに体の内側に納められた内臓は皮膚と対比すれば陰ですが
五臓と六腑ではそれぞれ陰と陽に分類されます。また冬枯れの木がやがて芽吹く固い蕾を持っていることにも陰の中の陽が見えます。
陰陽は決して一定してはいません。
対立し抑制し、そして消長、転化を繰り返しながら物事は運行しています。
陰陽の分離が死で、不調和は病と記した『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』も
こうした陰陽の性質を踏まえれば理解しやすいのではないでしょうか。
臨床の陰陽
陰が悪者、ではない!!
先に説明してきた陰陽の性質ですが
陰と陽のどちらが良くてどちらが悪いというものではありません
人の体の中でもその時々で勢いを強めたり弱めたりしながら
両者のバランスのうまく取れているいわゆる調和した状態が理想です。
しかし常にバランスのとれた状態だけを維持できる人はおらず
これをいかに元に戻すかが臨床に求められることです。
陰陽のアンバランスを察知すること、そして元のいい状態に戻すには
どのようなバランスの崩壊が起こっているのかを知る必要があります。
さて、臨床で用いられる陰陽という言葉の使われ方に
大きく3つの側面があることをまずは整理しておきましょう。
陰は物質で陽はエネルギーという見方です。
手で触れるものと触れないもの、と言い換えると理解しやすいでしょう。
手で触れる肉体は陰で、これに対して触ることのできない生理機能は陽です。
また気血水(津液)に関して言えば気は陽で、血と水(津液)は陰です。
代謝異常などの疾患は陽証で、形態的な異常は陰証となります。
活気がなく停滞した疾病の性質を陰証
逆に
荒々しく勢いのある性質を陽証とします。
貧血や循環障害は陰証で、炎症性疾患や生体反応の亢進したものは陽証です。
日本の伝統的な漢方では寒熱と陰陽がほぼ同義語で使われてきました。
この場合は陰証=寒証、陽証=熱証です。
また病巣部位が体内にあることを陰証とし、体表にあれば陽証とします。
八綱弁証(後述)では表裏で示される関係です。
人の体の部位に見られる陰陽の基本的な対応関係は以下のとおりです。
もちろんこれらは場合によって変化するものです。
人の体の「陰ー陽」の例
女性ー男性
下半身ー上半身
内臓など体内ー体表
腹部(かげになる)ー背中(四つん這いになったときに日の光が当たる)
五臓(中身が詰まっている)ー六腑(中身が空洞)
血・水(津液)ー気
以上、
3つに分けて陰陽の性質を説明しましたが
すでにこの中にも矛盾を感じる部分があるかもしれません。
女性(陰)の疾病がすべて陰であるはずもなく…
また体内(陰)で起こっている炎症(陽)は
陰と陽でいうとどう表現できるのでしょうか。
陰陽を整理する八綱弁証(はっこうべんしょう)
表裏(ひょうり)
寒熱(かんねつ)
虚実(きょじつ)
を捉える八綱弁証(はっこうべんしょう)という診断方法があります。
表か裏か、寒か熱か、虚か実か
2x2x2=8の8種の診断結果になります。
(陰陽、表裏、寒熱、虚実の8項目に由来するとも)
表裏:病んでいる場所
寒熱:病気の性質
虚実:病気に抗う力
をそれぞれ示します。
そうすると「裏寒虚」証や「裏熱実」証などの診断結果が組み立てられます。
この診断は病気の進行または回復によって変化していく場合もありますが
陰の中の陽や陽の中の陰を捉えながら、治療や養生の方針を決定する大事な足掛かりとなります。
陰陽説と臨床家の眼
ただし八綱弁証も完璧ではなく
また分析することが陰陽説を臨床に用いる最終目的でもありません。
上半身は熱があって下半身が冷えている
体は浮腫みながら喉は渇く
熱っぽさがあるのは陽が強いのではなく陰が弱いから
など臨床では様々な場面があります。
陰陽を理解しながらも都合のいい解釈で治療を妨げることのないように、臨床には臨床家の眼が必要です。